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奥井 淳志

フリーランス司会者

東京を中心に、北海道から沖縄まで全国を股に掛けてフリーランスの司会者として活躍する奥井淳志さん。結婚式、ダンスイベント、音楽フェス、トークショーなどといった分野でだけでなく、時にはインタビュアーとして。幅広い分野で活躍されています。そんな様々なジャンルの司会をされている奥井さんに、司会者としてお仕事をされるようになったきっかけと、これから先チャレンジしていきたいことについてお話を聞いてきました。

世の中に「奥井淳志」という「人」個人が評価されている感覚。それが司会業の魅力です。

司会者として活躍する奥井さんですが、司会業に興味をもったきっかけは何だったんですか?

大学生のときに所属していたストリートダンスサークルで、イベントの司会を担当させてもらっていたことがきっかけです。元々はダンスに興味があってサークルに入ったのですが、気づいたら踊るより司会者をする事の方が楽しくなって。そのうちに地元のフェスなどで司会の依頼を受けるようになっていました。

ダンスサークルがきっかけだったんですね。大学卒業後はすぐに司会者になったんですか?

いえ、新卒の時は営業マンとしてどうしても入りたかった企業があったので、そこに就職したんです。司会者として生きていく夢とは別に、営業マンとして売れることへの憧れもあったりして(笑)なので月曜日から金曜日に営業のお仕事をして、休日に司会者をやっていました。初めのうちは地方で司会の仕事をもらっていたので、金曜日の夜まで営業の仕事をしてそのまま夜行バスで地方に向かい、月曜日の朝にまた夜行バスで東京に帰ってきてそのまま仕事行くなんてこともあったり…。

夜行バスで帰ってきてそのまま仕事ですか、なかなかハードなスケジュールですね…

最初のうちはそれでも良かったのですが、とあるイベントに出させてもらった時、会社の仕事があったために途中で東京に帰らなくてはいけなくなった事があったんです。「司会の仕事が全うできない」。それがとても悔しくて、自分の一番大切なことって本当は何だっけ?って考えるようになりました。

営業マンとして出世することを目指すか、司会者として生きていくかを迷い始めたんですね。

迷えたら良かったんですけど…。実は営業マンとしては全然ダメだったんですよね(笑)

え?意外です。奥井さんなら営業さんとしても順調に出世していきそうなのに。

元から人前に立つ事が多かったし、人と喋るのも全然嫌いじゃなかったので少しは商材を売り込む自信があったんですが、実際は全然ダメで、全く売ることができなかったんです。それでも給料ってちゃんと頂けるんですよね。当時は大した成果もあげてないのにお金だけもらっていたので、給料泥棒をしているような気分でした。そのうち自分に自信も無くなって、なんとなく口数が減っていって。司会業をしている時の自分からは考えられない、まるで別人みたいだったと思います。

たしかに、今の奥井さんから全く想像できないですね…

本当にひどかったと思います。あまりにも元気が無くて母親にも心配されましたし。営業の仕事を通して自分の能力の低さを実感したことと給料泥棒していたことがとても辛かったんです。けど、そのことがきっかけで「自分が本気で心の底から売れるものってなんだろう?」と考えるようになりました。答えは「MCをする自分自身」だったので、やっぱり自分にはMCしかないんだ!って強く思うようになりました。結局新卒で入社した会社は1年足らずで辞めて、アルバイトをしながら少しずつ司会の仕事を増やしていきました。現在は司会業一本に絞って活動しています。

そんな状態だった奥井さんをそこまで熱中させた司会業の魅力は何だったんでしょうか?

なんというか、自分という存在を感じられたことかなと思います。会社に属していた時やアルバイトをしていた時は「どこかに属しているその中の誰か」という感覚だったんですが、MCをしている時は「奥井淳志」という「人」個人を評価されていると実感できるんです。「ありがとうございます」「本当に頼んでよかった」「あなたがいてくれてよかった」と言葉をいただきながら「奥井淳志」に対してお金と評価をいただけることがとても嬉しくて。司会業という仕事を通して自分がこの世界に存在していることを実感できたのが僕にとって一番の魅力でした。

エンターティメント分野の経験を生かして幅広い分野の司会ができるのが、
僕の持ち味だと思っています。

最初はどんな風に仕事を増やしていったんですか?

元々ストリートダンスイベントの司会をやっていたので、東京でストリートダンスイベント会社さんにひたすら営業電話をかけていました。飛び込み営業なので、基本的にはあんまり相手にされないんですけどね。ほとんどが、「あ~。はい、何か機会があれば。ね。」みたいな感じです。24,5歳の若い感じの声の男の子から急に電話がかかってくるんですから、普通そうですよね(笑)でも、そのうちいくつかの会社さんからお仕事を頂く事ができて、少しずつ仕事を増やしていけました。

まさに飛び込み営業だったんですね。最初に仕事になったときはどんな気持ちでしたか?

最初に仕事を頂いた瞬間はとても記憶に残っています。飛び込み営業を続けていたある日、「MCを探しているイベントがあるので、もしよかったらお願いしたいのですが」っていう折り返しのお電話をいただけたんです。あまりにも嬉しくて、即答で「やります!やらせてください!」って言いました。そしたら運の良いことに、そのイベント会社の社長さんが、イベント当日に僕のMCをたまたま見ていてくださっていて。その時のMCを認めて頂けた様で、そこから少しずつお仕事を頂けるようになっていきました。それから徐々に口コミで広まっていき、今の自分があります。

小さな積み重ねが今に繋がっているんですね。ダンスイベント以外にはどんなお仕事をされているんですか?

結婚式や音楽フェスの司会のお仕事をさせていただいています。ダンスイベントと結婚式やフェスの雰囲気って全然違うんですけど、ダンスイベントのMCを経験してきたことで、エンターティメントならではの空気作りが出来るようになったのが僕の持ち味の一つなので、全然違うジャンルのお仕事でも、その持ち味を出すように意識しています。

結婚式の司会に、いままでの経験を生かすようにしているんですか!エンターティメント分野での実績が奥井さんの持ち味になっているんですね。

はい。結婚式のお仕事で僕のことを指名していただけているのは、その持ち味があるからこそだと思っているので、結婚式の基礎も様々なところで学びつつ、自分らしさを加えるように意識しています。なかなかダンスイベントも本気で取り組み、結婚式の基礎も大事にしながら司会をされている方って珍しいと思うので、それが自分にしかできないMCだと思っています。

たしかにそれは奥井さんならではの持ち味ですね。司会業って、その場その場で空気を読んで咄嗟に言葉を選ばないといけないですよね、幅広いジャンルの仕事をされていると、なおさら難しい事だと思うのですが、元々そういった言葉選びは得意だったんですか?

そうですね、得意だったとまでは言い切れないのですが、人前で喋ることは好きでした。学校の授業で手を上げて発表する時とか、先生に当ててもらうことでモチベーションを保っていたので、ひたすら手を挙げて発表していたのを覚えています。先生に早く当ててもらいたかったので、答えがまだ浮かんでいない時でも手を上げて、当てられる直前まで考えて。当てられたら前から答えが分かっていたかの様に発表していたんです。今がんがえてみると、その行動が咄嗟に考えて言葉にする習慣に繋がっているかもしれないですね。あと、お笑い番組が大好きで、特に学生時代は、大変お笑いに厳しい友達が周りにいて日々笑いについて考えていたので、もしかしたらそれも良いトレーニングになっていたのかもしれません(笑)

なるほど、司会者として活躍される前の私生活が今の自分に活きているんですね。実際にお仕事をされている時は、当日話す言葉の準備やイメージトレーニングを事前にしているんですか?

それはしてないんですよね。僕は、事前に「これ言おう」って言葉を用意するタイプではないんです。もちろん結婚式の新郎さん新婦さんが大切にしたいことやフェスなどイベントが大事にしているものは頭の中でイメージしてまとめていますが、司会をさせて頂いている時に起こることって、その瞬間にしか起こらないことが沢山あるので、その状況だからこそ湧き出る言葉で伝える様にしています。誰でもできる進行ではなく、その時、その瞬間の自分だからこそできる進行である様に意識しています。

その時々の切り返しも、ダンスイベントの経験が生きている感じがしますね。最初は飛び込み営業からはじまり、今は幅広い分野で活動されるようになったと思いますが、今後さらにチャレンジしていきたいことはありますか?

これからは仕掛ける側としても動いていきたいと思っています。結婚式やあらゆるパーティの司会をこれからも活発にさせていただきながらブライダルMCの経験を軸とした情報発信する番組を作ったり、人が人生を振り返りながら、これからをより充実した日々に思える様な新しい生前葬の形をプロデュースし始めたので、そういったプロジェクトをもっとふくらませていけたらなと思っています。

奥井 淳志

フリーランス司会者

司会者。 結婚式とダンスイベントの司会を中心にフリーランスで活動している。

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